2020年02月29日

仙台市で新型コロナウイルス

仙台市は29日、新型コロナウイルスの患者が1人確認されたと発表したようです

東北での感染確認は初めて。
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2020年02月28日

ゆうこりん

40代の歯科医の男性と2018年に再婚した“ゆうこりん”ことタレントの小倉優子(36)が27日、自身のインスタグラムを更新し、第3子妊娠を報告した。すでに安定期に入っており、今夏出産予定のようです

 「皆様へ」の書き出しで、自身の全身ショットをアップした小倉は「私事ではありますが、この度第3子を授かりました。無事に安定期に入り体調も落ち着きましたので、皆さまにご報告させていただきます」と妊娠を発表。

 続けて「まだまだ戸惑う事や不安もありますが、出産までの時間を心穏やかに過ごしたいと思っております」とつづり「出産までのお仕事は、体調と相談しながら続けさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします」と伝えている。

 小倉は2011年にヘアメークアーティストの男性と結婚。翌12年に長男、16年に次男を出産したが、17年3月に離婚。18年6月から夫となる男性と交際を開始し、その年のクリスマスに結婚した。昨年3月のイベントでは新生活について「毎日楽しく過ごせています」と笑顔で語っていた。
ラベル:ゆうこりん
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2020年02月27日

橋本マナミ 第1子妊娠

タレントの橋本マナミ(35)が第1子を妊娠していることが26日、分かった。現在安定期で7月末に出産予定という。昨年11月27日に1歳年下の勤務医と結婚。「平成の団地妻」「国民的愛人」から「令和の人妻」となった橋本に今度は“セクシーママ”転身の期待が高まりそう

 おめでたが分かったのは、結婚直後の12月上旬。体調不良が続いたことから病院へ行ったところ、妊娠初期と告げられた。周囲の祝福を受け、新婚の幸せを実感していた頃、赤ちゃんを授かる大きな喜びが加わった。

 スポニチ本紙の取材に「妊娠が分かった時、うれしいという気持ちと同時に新しい命が宿っていることに感動して泣きました」と予期しなかった喜びを語る。現在は少しふっくらしたおなかに時折手を当て、ひと足早くママの顔になって元気に生まれてくることを願っている。

 交際自体が一度も報じられることがなかった結婚で当時、世の中のおじさまたちに「愛人ロス」を巻き起こした。だが、本紙の取材で、勤務医の夫と交わした(1)女優OK(2)グラビアOK(3)朝の見送りなし――の婚前契約が明らかになると、ファンの間で「セクシーショットが必要な時には必ずやってくれるはず」と安どの声が上がっていた。

 出産予定は東京五輪の開幕時期。日本中がもり上がる夏に橋本は同じ干支(えと)・子(ね)年の五輪ベビーを抱くことになる。目指すママ像は「優しくてセクシーなママ」で“ママでもセクシー”を宣言。令和の新たな母親の姿を見せてくれるはずだ。

 ◆橋本 マナミ(はしもと・まなみ)1984年(昭59)8月8日生まれ、山形県出身の35歳。97年に全日本国民的美少女コンテストで演技部門賞を受賞し芸能界入り。グラビアのほか、女優としても活躍。16年NHK大河ドラマ「真田丸」、18年のNHK連続テレビ小説「まんぷく」、映画「光」(17年)など出演多数。映画「癒しのこころみ」が今夏公開予定。日台合作映画「越年Lovers」(9月公開予定)で主演。1メートル68、B86・W60・H88。血液型AB。
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2020年02月26日

中居正広

「引き留められなかったですねえ。上から2〜3番目に偉い人が、なんか芝居っぽく残念がってるみたいな」――。

 2月21日に行われた元SMAP中居正広(47)のジャニーズ退所発表会見。長く同事務所を取材するベテランの担当記者が最も注目したのがこのコメントだった。昨年6月の事務所との話し合いで、ジャニーズ側から引き留められたかとの質問に、中居は笑いつつ否定した。

「僕自身の気持ちを尊重してくださいました」と中居は続けたが、「ものすごくシビアにいえば、ジャニーズにとって中居君はもはやお願いしてまで残ってもらいたいというタレントではないということでしょう」と、前出のベテラン記者はこう続ける。

「ジャニーズの主体事業はコンサート、舞台なんです。おなじ元SMAPでも、ソロでまたコンサートを再開したキムタクは夜の公演に昼から行列ができて、グッズが飛ぶように売れています。中居君は会見でも明言していましたけど、歌と踊りはマジで無理。ドラマや映画での演技も積極的ではなく、マイペースで、やりたいことしかやらないことで知られている。もちろんバラエティーのMCには定評がありますし、これまでのジャニーズへの貢献度は計り知れない。でも、彼をしても、将来的にはお荷物になりかねないリストラ候補だったのでしょう。常にスタッフを付けたり気を使わなきゃいけないし、この先も面倒見ていくのは大変。自分から辞めるなら引き留める理由はないというジャニーズ側の本音が垣間見えた気がします」

「独立による損失など大したことじゃない」
 関係者によると、中居のギャラはMCを務めるバラエティー1本当たり、推定300万円程度という。ゴールデンタイムの高視聴率番組か深夜かで、プラスマイナス100万円前後で推移する。CMは時価で、最も高値のころで推定6000万円。これらのうち、ジャニーズ事務所は制作協力費などの名目で収入が入ってきた。仮に週に計1000万円もの番組出演料を得るとしてそれを年間50週やるとすると、実に5億円ものギャラを稼ぎ出す計算。さすが売れっ子タレントと言えそうだが、ジャニーズ全体でみるとこうなる。

「たとえば今年いっぱいで活動を無期限休止する嵐は、コンサートをメインにCD、DVD、グッズ販売などで高収益があり、昨年の20周年では500億円にのぼったとされています。これは安室奈美恵の引退公演を優に超える額で、プロ野球球団の優勝時、東京ディズニーランドの年間売り上げを引き合いに出す専門家もいる。仮に3年間休んだとしても、その後の復活ツアーでまた巨額な実入りが見込める。また売り出し中のKing&Princeがツアーに出れば70億円は軽いとされ、ポスト嵐への期待も膨らむ。それらに比べればですけど、中居君の独立による損失など大したことじゃないのです」(芸能関係者)

 ジャニーズ事務所も滝沢秀明(37)が副社長に就任するなど世代交代が加速。47歳の元アイドルにもはや居場所はなかったわけだ。これが巷間いわれる“円満退社”の実態で、今後、視聴率が取れなければ当然ながら番組も打ち切り対象に。香取慎吾ら先に退所した“新しい地図”のように、ジャニーズの傘から外れたのだからテレビから消えることも十分に考えられる。

 それでも中居は自ら一歩を踏み出した。その真意は何か、どこに勝算を見いだしたのか。
ラベル:中居正広
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2020年02月25日

吉高由里子

「その瞬間、現場は凍りつきました。吉高さんが起き上がると、柄本さんたちがすぐ異変に気づいて……。対応に追われるなか、『彼女がいないと、撮影は続けられないよ』と心配の声も上がっていました」

現在放送中のドラマ『知らなくていいコト』(日本テレビ系)で、主演をつとめている吉高由里子(31)。週刊誌記者という役どころを熱演し、視聴者から好評を博している。

2月19日放送の第7話は、吉高扮する主人公・真壁ケイトが刺されるという衝撃の展開だった。逆恨みした三倉茉奈(33)演じる桜庭和美に襲われ、床に倒れこむケイト。さらに和美が追い打ちをかけようとしたとき、柄本佑(33)扮する尾高由一郎が身を挺して守る――。そんな迫真のシーンは大きな話題を呼んだ。

だが実は、このシーンの裏で現場騒然の事態が起きていたのだ。

「この日、吉高さんの演技はいつも以上に鬼気迫るものがありました。刺されるシーンでも勢いよく倒れたのですが、床に頭を強く打ちつけてしまって。さらに、鼻から血が出てきたんです……。脳へのダメージを心配して、撮影は中止に。吉高さんはスタジオから救急車に乗り、病院へと搬送されていきました」(前出・ドラマ関係者)

撮影当初から吉高は、このドラマに並々ならぬ熱意を見せていたという。

「吉高さんは『このドラマは絶対にヒットさせたい』と言って、役作りにもこだわっていました。週刊誌記者が不規則な生活を送っていると聞いて、あえて寝不足になったこともあったそうです。“問題のシーン”でも、三倉さんに対して『思いっきりぶつかってきてくださいね!』と自ら提案していたのですが……」(テレビ局関係者)

そんな熱い役者魂が、“流血騒動”へとつながってしまったようだ。ただ幸いにも、大事には至らなかったという。

「吉高さんが病院で検査を受けたところ、特に内出血などは見つからなかったそうです。翌日には『ご心配おかけしました!』と言って笑顔で復帰したため、みんなが胸をなでおろしていました。彼女は主演としてスタッフやエキストラと積極的にコミュニケーションをとり、若い共演者にも『緊張してない?』と話しかけてくれています。おかげで、現場の士気もますます上がっていますね」(前出・テレビ局関係者)

ドラマは、間もなく佳境を迎える。復帰した吉高の熱演によって、ますます盛り上がりそうだ。
ラベル:吉高由里子
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2020年02月24日

半沢直樹

俳優、堺雅人(46)が23日、TBS系主演ドラマ「半沢直樹」(4月スタート、日曜後9・0)の撮影を東京都内でスタートさせた。銀行員・半沢の痛快な逆転劇を描き、最高視聴率42.2%を記録した人気作の第2弾で、7年ぶりに復活。この日、前作で撮影した銀行のロケ地に戻ってきた堺は、ブランクを感じさせない演技を披露。「今回の敵も強烈ですごい方ばかり。皆さんと力強い『倍返し』を作っていきたい」と流行語になった名ぜりふで誓ったようです

 「やられたらやり返す。倍返しだ!」

 堺の迫真の演技と決めぜりふで社会現象となった人気ドラマの続編が、ついに始動した。

 日曜の午前7時頃、待機車から降りた堺は、スーツのジャケットを羽織り、撮影位置へ。総勢100人超のエキストラ、スタッフらに熱烈に歓迎されると照れ臭そうに「頑張りましょう!」とあいさつし、一言で半沢チームを一つにした。

 2013年に放送された前作は、東京中央銀行の半沢が銀行内で行われていた不正を暴く逆転劇を描き、まさかの子会社出向を命じられる衝撃の展開で終了。その最終回の平均視聴率は、平成のドラマで最高となる42・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を獲得し、「倍返し」は流行語大賞に輝いた。

 続編は小説家、池井戸潤氏の半沢直樹シリーズの「ロスジェネの逆襲」「銀翼のイカロス」が原作。出向先の東京セントラル証券で営業企画部長となった半沢に巻き起こる事件を描く。

 撮影初日は、半沢が東京セントラル証券の社長らと銀行に向かうシーンからスタート。待機中に演出の福澤克雄氏らと話しているときは笑顔だったが、撮影に入ると表情は一変して半沢に。ブランクを感じさせないせりふ回しでこの日は夕方まで6シーンを撮影した。

 最初のロケ地は前作でも撮影した作品を象徴する場所だけに、「感慨深い」としみじみ。前作終了後、「陸王」などの池井戸×福澤作品にも東京中央銀行が登場していたことから、「スタッフさんの中で半沢は生き続け、成長すらしていたのかもしれないと思わされた。今日はただのスタートではなく、すでに走っているものに慌てて飛び乗るような幕開け。初日から本当にすごい勢いです」とほほえんだ。

 「倍返し」は共演陣との「共有物」とし、「皆さんと力強い『倍返し』を作っていきたい」と意欲。続編については「もしかすると全く違う決めぜりふになっているかも。(脚本家は)2作連続で流行語を狙っているかもしれませんし!」とお茶目にアピールした。
ラベル:半沢直樹
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2020年02月23日

西原理恵子 高須克弥

高須クリニックの高須克弥院長が22日、ツイッターに投稿。事実婚状態にある漫画家の西原理恵子氏が、米国で流行しているとされるインフルエンザについて、新型コロナウイルスではないのかと早くから指摘していたことを明かした

 高須氏は「西原理恵子は当初から『アメリカで流行っているインフルエンザって中国で流行り初めたコロナとかいうやつと同じゃね?スーパーチューズデーにはえらいことになるんじゃね?』」と言っています」と投稿。「素人の勘恐るべしと感じるかっちゃんなう」とツイートした。

 外務省はホームページで、「米国でインフルエンザが流行しています。適切な予防策を講じてください」と呼びかけ、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の発表として、死者が1万2000人に達したとしている。
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2020年02月22日

川田裕美アナ

元読売テレビの川田裕美アナウンサーが21日、ブログを更新し、20日から訴えていた足の痛みの原因が判明したと投稿したそうです

 川田アナは「血液検査の結果でました。ウイルス性・細菌性のものや、痛風ではありませんでした。(そもそも、女で私の年齢で痛風だったら、学会に知らせるくらい珍しいことだそうです)」とユーモアを交えた。

 原因について川田アナは「足の筋肉の疲労がたまってしまっていて、一気に足底にきて腫れてしまったのではないか、とのことでした」と診断の結果を報告。「最近、腰痛を感じていたんですが、もしかしたら、無意識にそれをかばった歩き方をしていたのかも…。とにかく、原因がわかって安心しました!」と謎が氷解したことを喜んだ。

 川田アナは続けて「治るまでには2〜3週間長くて1ヶ月かかるようですが、あまり無理に動いたりせず安静にして早く治します…!ご心配いただき、ありがとうございます!」と感謝。「痛くて靴が履けないので、当分このように片方だけスリッパで失礼します…」とスリッパをはいた写真を投稿した。
ラベル:川田裕美アナ
posted by こばちゃん at 09:44| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

イチロー 開幕戦始球式

米大リーグ、マリナーズは20日(日本時間21日)、イチロー会長付特別補佐兼インストライクター(46)が3月26日(同3月27日)に本拠地Tモバイルパークで開催されるレンジャーズとのシーズン開幕戦で始球式を行うと発表したようです

 イチロー氏は昨年3月21日に東京ドームで行われたアスレチックス戦後に現役引退。同4月30日(同5月1日)に現在の役職に就き、球団フロント入りする一方で選手の指導やサポートに尽力している。

 同氏はマーリンズ時代の15年10月4日のフィリーズ戦で八回から登板して1回2安打1失点。打者5人に対し、最速143キロの直球にスライダーとチェンジアップの変化球を織り交ぜ計18球を投げた。試合後は志願のマウンドだったことを明かし、「2度とピッチャーの悪口は言わないと誓いました」、「自分の中にすごい悔しさが残っていたことがちょっとよかった」などと話した。

 チームはこの日、公式ツイッターで始球式登板の告知とともに同氏がキャンプ施設で打撃投手を務める動画を投稿。ファンからは「素晴らしい」と歓喜の声のほか、「右翼から投げさせて」、「彼を先発ローテーションに入れよう」といった要望があった。
posted by こばちゃん at 10:35| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

中森明菜

こんな出来事もあった。

 本名の「中森明菜」という名前が呼びにくいから、名前を変えたらどうかと事務所の「研音」が言い出したのだ。

 所属レコード会社、ワーナー・パイオニアの担当者も含め明菜の担当スタッフ全員が東京・赤坂の事務所に集まった。

 事務所の役員が自らの意向として「こんな芸名はどうか」と黒板に書き出した。当時、明菜を担当していたワーナーの富岡信夫氏は振り返る。

 「確か『森アスナ』と書いていました。中森明菜では呼びにくいからという理由でした。驚きましたよ。いきなり芸名にすると言われても現場が対応できないですから。さすがに反対しました。もちろん明菜本人もイヤだったと思います」

 プロモーションで出遅れ、アーティスト名でゴタゴタしていては何も進まない。結局は明菜本人の反発もあったようで、本名の「中森明菜」で行くことになった。

 「もちろん今になってみると笑い話のひとつ…になりますが」と富岡氏も苦笑いだ。しかしデビュー前のプロモーションでは苦戦を強いられた。

 「特に芸能誌での露出展開に苦労しました」

 富岡氏が今でも思い出すのは、芸能誌の記者とカメラマンをオーストラリアに招き、取材してもらう「苦肉の策」。

 「何がなんでも明菜の存在をアピールしたかったことは確か。電通から出てきた企画でしたが、ワーナーとしても超強力新人だとアピールできると考えたんです。現地では水着姿の取材もOKしていました」

 ワーナーは、洋楽の宣伝費も明菜のプロモーションに注ぎ込み総額1億円もの巨額の予算でプロジェクトを立ち上げた。が、芸能誌の反応は鈍かった。

 「何度も交渉しましたが、記者やカメラマンまで出しても、明菜ではページを取れないと、ことごとく断られました」

 富岡の思惑は完全に外れた。ただ、そんな中、「ぜひ取材したい」と積極的だったのが「近代映画」だった。同誌はもともとは邦画情報誌としてスタートしたが、その後、アイドル誌に転換した芸能誌だった。

 そこで、富岡の判断でオーストラリアでの取材は取りやめ、「近代映画」の取材は、その後に米ロサンゼルスで予定していたジャケットとプロモーションビデオ撮影に同行して行うことに変更された。

 「同誌は新人アイドルの取材に積極的でしたからね。他のやらないようなアイドルも取材していたように思う。そう言った意味でも明菜に対して興味を抱いていたのだと思います」(当時を知るアイドル誌の編集者)

 「私が同行取材したわけではありませんが、ロサンゼルスで撮った写真は素晴らしかった。初々しい水着の写真だったことは今でも覚えています。そこで確か帰国後に沖縄でも追加撮影を行い、デビュー直後に急遽(きゅうきょ)、写真集にして発売することで了承してもらったのです。もっとも今のようなハードカバーの写真集ではなく、平とじの雑誌スタイルの簡単なものでした。1380円でしたが発売と同時に大反響で、バカ売れになりました。とにかく異常な盛り上がりで連日、重版重版で追いつかないほどでしたよ。最終的には30万部は超えたと思いますね。取材がウチだけだったことがラッキーだったのかもしれません。もちろん他誌の編集担当者は悔しがっていたとも聞きましたが…。いずれにしても明菜にとっては、最初で最後の水着写真集ということで、今でも“お宝写真集”のトップになっているはずです」

 その後、同誌の編集長も務めた水上也寸志氏は当時を振り返っていた。

 “幻の芸名騒動”に加え、海外取材…どれもこれも今だから語れるエピソードかもしれない。
ラベル:中森明菜
posted by こばちゃん at 08:54| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする